東京地方裁判所 昭和44年(ワ)70280号 判決 1970年10月06日
原告 鈴木一枝
右訴訟代理人弁護士 森田武男
被告 井上参男
<ほか一名>
右被告両名訴訟代理人弁護士 副聡彦
主文
一、被告井上参男は、原告に対し、金四八万円及び内金三〇万円につき昭和四三年七月二七日以降、内金一八万円につき昭和四三年八月一八日以降各完済に至るまで年六分の割合による金員、並びに金一五万円及びこれに対する昭和四四年九月五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、被告富山睦に対する本訴請求を棄却する。
三、訴訟費用中、被告井上参男との間における分は同被告の、被告富山睦との間における分は原告の各負担とする。
四、この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「一、被告らは、各自、原告に対し金一八万円、及びこれに対する昭和四三年八月一八日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。二、被告井上参男は、原告に対し金四五万円、及び内金三〇万円については昭和四三年七月一七日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員を、内金一五万円については本訴状送達の日の翌日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は被告らの負担とする。」旨の判決、並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
一、被告井上参男は、別紙手形目録記載の約束手形二通を振出し、同目録1記載の手形を原告に交付し、2記載の手形は受取人たる被告富山睦に交付し、同被告は拒絶証書作成免除のうえ、原告に裏書譲渡し、原告は、右手形二通を所持している。
二、原告は右手形をいずれも満期に支払場所に呈示して支払を求めたが、支払を拒絶された。
三、本件手形振出については、被告井上参男が昭和四三年三月一日株式会社協和銀行蒲田支店との間に当座預金取引契約を締結し、同取引契約に基づき同銀行から交付を受けた本件手形用紙に前記手形要件を記入して振出人欄に記名押印したうえ、実弟たる訴外井上衍にこれを交付し、同訴外人は原告に交付したものであるが、仮に被告井上参男において本件手形の振出人欄に記名押印したものではないとしても、同被告は、右訴外井上衍に、前記当座預金取引契約に基づき右銀行より交付された約束手形用紙、届出印鑑及び記名印を預託したうえ、本件手形二通につき同被告の記名押印する行為の代行を許諾したものであるから、被告井上参男は原告に対し本件手形金を支払うべき義務がある。
四、仮に、被告井上参男が本件手形を振出したものではないとしても、同被告は、訴外井上衍に対し自己名義の前記当座預金口座を利用して自己名義で約束手形を振出すことを許諾したものであるから、右訴外人の右当座預金口座を利用して振出した本件手形上の債務につきその責任を負わなければならない筋合である。けだし、本件のごとく、当座預金口座の名義を利用して手形を振出すことを許諾する行為につき商法二三条の名義貸に関する規定の直接の適用をみないことは論をまたないが、同法条はいわゆる禁反言の原則にその根底をおくものであり、しかも当座預金口座は多く営業のために利用され、その預金名義を貸与することは外観上営業名義を貸与することと大差はないところからみれば、被告井上参男の前記訴外井上衍に対する当座預金名義の貸与及びこれを利用してなされた手形の振出行為については商法二三条を類推適用してその名義貸与者たる同被告においてこれによって生ずる結果につき責任を負うべきものと解するのが相当であるからである。
五、更に、原告は、これより以前昭和三九年一一月三〇日被告井上参男に対し金一五万円を昭和四〇年五月三〇日を弁済期限として利息の定めなく貸与した。
六、よって、被告井上参男は、原告に対し本件手形の振出人として手形金合計四八万円及び第五項の貸金一五万円、並に別紙手形目録記載の1の手形金三〇万円については満期たる昭和四三年七月二七日以降、同目録記載の2の手形金一八万円については満期たる昭和四三年八月一八日以降各完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息を、右貸金一五万円については本訴状送達の日の翌日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、被告富山睦は前記目録記載2の手形の裏書人として、被告井上参男と合同して原告に対し、右手形金一八万円及びこれに対する満期たる昭和四三年八月一八日以降右完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息を、それぞれ支払うべき義務があるので、原告は被告らに対し右義務の履行を求めるため本訴請求に及んだ次第である。
以上のとおり述べ(た。)
証拠≪省略≫
被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
原告主張にかかる請求原因事実中、
一、第一項の事実のうち、原告が本件手形を所持している点は認め、その余の事実は否認する。
二、第二項の事実は不知
三、第三項の事実のうち、被告井上参男が訴外株式会社協和銀行蒲田支店との間に当座預金取引契約を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。
被告井上参男は、昭和四三年二月頃、訴外井上衍より右訴外銀行と当座預金取引契約を締結し右契約に基づいて同被告の振出した約束手形を借用させて欲しい旨依頼され、同被告は右訴外人に自己の実印を預けて代理人とし前記当座預金口座を開設した。その際、被告井上参男と訴外井上衍との間において、右訴外人が約束手形を必要とするときは、被告井上参男にその事情を説明して同被告に約束手形を振出してもらう旨の確約が成立していたものであって、右訴外銀行より交付を受けた手形帳は同訴外人の要請によりこれを保管せしめておいたが、実印は被告井上参男の掌裡にあったものである以上、同被告は、右訴外井上衍において同被告に無断で同被告名義で約束手形を振出すことはできないものと確信していたものである。
右事情に徴し明らかなごとく、被告井上参男が訴外井上衍に対し、自己の印鑑、手形帳、記名ゴム印を預託して本件手形二通につき自己の記名押印を代行せしめた事実はない。本件手形は、前記のとおり右訴外井上衍の偽造にかかるものである。
四、第四項の事実のうち、被告井上参男が訴外井上衍に対し前記当座預金口座を利用して同被告名義で約束手形を振出すことを許諾したとの点は否認する。前記のごとく、約束手形の提出は、右当座預金口座の名義人たる被告井上参男においてその権限を留保していたものであって、手形振出の権限を右訴外人に委ねたことはない。
五、第五項の事実は認める。
六、第六項の点は争う。
以上のとおり述べ(た。)
証拠≪省略≫
理由
一、原告が本件手形二通を所持していることは当事者間に争いのないところである。
二、原告は、被告井上参男が本件手形二通を振出したものであり、仮にしからずとするも、同被告が実弟たる訴外井上衍に対して自己の届出印鑑、手形帳等を預託して本件手形振出行為の代行をなさしめた旨主張するが、後掲のごとく、訴外井上衍に右手形帳を保管せしめたことを認め得るほか、原告の右主張事実を認定するに足りる証拠はないので、原告の右主張は理由がない。進んで、四の主張につき検討するに≪証拠省略≫を総合すれば、被告井上参男は、昭和四三年二月頃、実弟たる訴外井上衍より、訴外株式会社協和銀行蒲田支店に当座預金口座を設定し同被告名義で約束手形を振出させてほしい旨の懇請を受けたところから、同年三月一日右訴外井上衍を代理人として右協和銀行蒲田支店と当座預金契約を締結し(右訴外銀行との間において当座預金契約を締結したことは、当事者間に争いがない。)、右訴外人に、同銀行より交付を受けた手形帳を保管せしめて同被告名義の右当座預金口座で約束手形を振出すことを許諾したこと、かくして本件手形二通は、右訴外人により、被告井上参男の当座預金口座を利用して同被告名義をもって振出されたものであることを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫
右に認定したごとく、被告井上参男は、訴外井上衍に対し右当座預金口座の名義を貸与し自己の名義で手形取引をなすことを許諾したものにほかならず、しかる以上、同被告は、右訴外人が右当座預金口座を利用して同被告の名義で振出した本件手形につき手形上の債務を負担すべきものと解するを相当とする。けだし、右のごとき当座預金口座の名義貸与者は、禁反言の原則に根底をおく民法一〇九条の規定の趣旨を類推して、右預金口座の名義借用者のなした手形取引につきその責任を負うものと認めるのが、名義貸与者が与って作出した取引の外観に信頼をおいた第三者(本件においては原告)の保護をはかるゆえんであるからである。しかして、≪証拠省略≫を総合すれば、原告は、満期に本件各手形を支払場所に呈示してその支払を求めたが、支払を拒絶されたことを認めるに足り、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。以上のしだいで、被告井上参男は、原告に対し本件手形金合計金四八万円及び内金三〇万円(別紙手形目録記載の1の手形金)につき満期たる昭和四三年七月二七日以降、内金一八万円(同目録記載の2の手形金)につき満期たる同年八月一八日以降、各完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務がある。
三、更に、原告が昭和二九年一一月三〇日被告井上参男に対し金一五万円を弁済期昭和四〇年五月三〇日として利息の定めなく貸与したことは、当事者間に争いのないところ、右事実によれば、被告井上参男は、原告に対し右借入金一五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たること本件記録に徴して明らかな昭和四四年九月五日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
よって、原告の被告井上参男に対する本訴請求は、いずれも正当としてこれを認容すべきである。
四、ところで、原告は別紙手形目録2記載の手形につき被告富山睦が適法な裏書をなした旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、却って≪証拠省略≫に徴すれば、右手形上における被告富山睦名義の裏書は、訴外井上衍の偽造にかかるものと認め得るところである。従って、原告の被告富山睦に対する本訴請求は、前提において既に失当であるから、その余の点の判断をまつまでもなくこれを棄却すべきである。
五、よって訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 井口源一郎)
<以下省略>